天津市の西部にある楊柳青鎮(zhèn)は、千年以上の歴史をもつ由緒ある町。明?清の頃には、大運(yùn)河の水運(yùn)の中樞の地として、中國(guó)北部の通商流通と文化交流の町となって一時(shí)繁栄を極めた。楊柳青鎮(zhèn)には、明の頃の樓閣?文昌閣や清の頃の民家など、歴史文化の遺跡が多數(shù)殘っている。
楊柳青鎮(zhèn)の名前を全國(guó)、ひいては世界中で広く知られることになったのは、いうまでもなくこの町の名物「年畫」である。楊柳青鎮(zhèn)の年畫は宋の頃に芽生えが見(jiàn)られ、明の頃に大きな発展を遂げ、清の乾隆の頃にピークに達(dá)し、「家々が色模様を美しくし、戸ごとに絵畫に長(zhǎng)じる」という盛況ぶりが見(jiàn)られた。中國(guó)の木版年畫のトップとも言われ、他の地域の年畫にも大きな影響を及ぼした。
「チャイナネット」2006年1月
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